俺の名前は浩二。ぶっちゃけ本名だ。漢字は違うけど。
 本当は偽名使ったほうが良いんだろうけど、ちょっと名前が重要な話なんで変えれなかった。
 俺には幼馴染の女の子が居た。というか居る。
 親同士が仲良くて物心が着いた時から一緒に居た。
 記憶には無いけど一緒にお風呂にも入ってたらしい。
 小さい頃のアルバムは殆ど彼女と一緒に写ってる。
 家が隣で朝起こしにくる。なんてことは無かったけど、それでも家はほぼ真向かい。
正直可愛い方ではない。
 ただ決して不細工でも無いとは思う。
 100人に聞いたら、90人くらいは「まぁ……普通」って言う感じ。
 うっすらそばかすもあるし、眉毛も太い眼鏡で野暮ったい地味な女の子だった。
 その所為で実は奥二重なぱっちりした瞳の存在はイマイチ知られていなかった。
彼女の名前は別にどうでも良いや。恵子にしておく。
 恵子は昔から俺に「こーちゃんこーちゃん」と言っては、まとわりついてくる奴だった。
 幼稚園くらいまでは妹みたいで、それなりに可愛がってた記憶がある。
 でも小学校の低学年ころから、まぁ定番の展開。
 「女子と遊んでる??」と馬鹿にされるのが嫌で、小学校時代はそれ以降少しづつ疎遠になってった。
 一緒に帰ろうと誘ってくる恵子に、邪険な態度を取る俺。
 肩を突き飛ばして「あっち行け!」とか。
 その度恵子は「何で?何で?」と言い泣きじゃくってた。
 それでも毎日「こーちゃん帰ろ?」と懲りずに誘ってきたが。
流石に小学校高学年になるころには、人前では寄ってこなくなった。
 週末なんかは必ずお互いの部屋を行き来して、二人で遊んだりもしてたけど、この頃にはもう無かった気がする。
 それでも互いの家族同士で旅行に行ってたりはしてたけど。
そんな感じになっても、恵子は毎年俺の誕生日、クリスマス、そしてバレンタインには、必ず手作りで何かくれてた。
 マフラーやチョコ。
 いつも不器用で下手糞の出来だったけど、毎年少しづつ上手くなっていくのが手に取るようにわかったし、そして何より技術の拙さを手紙や包装なんかの懲りようでカバーしようと、一生懸命作ってる恵子の姿がありありとわかるものばかりだった。
 俺は親に言われて仕方なく、小遣いを渡されて適当に買って渡してた。
 高学年になると、買って渡したと嘘をついて、その小遣いを自分のにするようになった。
それでも恵子は何も口にはしなかったけど、誕生日なんかはちらちらと寂しそうにこっちを見る視線は感じてた。
小学5年くらいだったか。
 バレンタインのチョコをいつもどおり、放課後、家の前で貰った。
 恥ずかしいから絶対学校でそういうの渡すなよって言ってあったから。
 恵子は俺のそういう勝手な言い分も、寂しそうな笑顔で了承してくれてた、
 それでその時は、偶然クラスメイトが遠くの曲がり角に見えた。
 別にこっちを見ていた確証は無かったけど、俺は咄嗟に手を突き出し「いらない」とだけ言って帰ろうとした。
 恵子は「え?なんで?」と悲しそうに目を潤わしたけど、俺は逃げるように家に帰っていった。
 部屋に戻って外を見ると、まだ元の場所に突っ立ったまま、泣いている恵子がいた。
次の日当然女子達につるし上げにされた。
 恵子はずっと俺をかばってくれてたが、とある女子の一言
 「恵子ちゃんは浩二君と結婚したいって言ってたんだよ!」
 勿論小学生の戯言だけど、幼稚園のころは、恵子からそういう事を直接よく言われたことを覚えてる。
でももう小学5年生で、そんなことを休み時間に教室で言われて男友達から冷やかされていた俺は逆上した。
 「うっせーブス」と恵子に向かって悪態をつくと、恵子は膝から崩れ落ちてむせび泣いた。
 当然それから疎遠になった。
 恵子の親も、それを聞いたんだろう。
 その年から家族同士の付き合いもなくなった。
 別に親同士の仲が悪くなったわけじゃないし、俺が恵子の親から嫌われたわけでもないが。
中学の3年間は、一度も口を利かなかった。
 毎朝登校時、必ずといっていいほど家の前で顔を合わせたが、気まずそうにお互い視線を逸らしていた。
高校も一緒になった。
 しかも一年の時一緒のクラスになり、そこで漸く数年ぶりに言葉を交わした。
 掃除の班が一緒になり、たまたま二人でゴミを出しにいかなければならなくなった。
 気まずい雰囲気の中、俺はずんずんと歩いていった。
 後ろからは恵子がとてとてと一生懸命ついてくる足音が聞こえていた。
ゴミ捨て場について、ゴミ捨てて、そんでさっさと帰ろうと踵を返すと、「ごめんね」と後ろから声がかかった。
俺は首だけ振り返って、でも視線は合わさず
 「は?何が?」
 と答えた。
 「こーちゃんがここ受けるって知らなかったから……」
 「別に俺の許可要らないだろ」
 「……本当?じゃあまた話しかけたりしてもいい?」
 「別に」
 そんな会話の後、恵子は泣いていた。
 その時だけちっちゃかった頃に戻った感じ。
 頭撫でて、鼻水拭いてやった。
 俺もずっと罪悪感が残っていた。
 なんて幼稚だったんだろうと。
 でも仲直りのきっかけがずっと掴めなかった。
 嫌われてると思ってたから。
 俺から話しかけて、無視されるのがずっと怖かった。
 でも恵子は、そんな俺のしょうもない虚勢を張った冷たい対応にも、泣いて喜んでくれた。
それからの俺と恵子の高校生活は、周りの友人から
 「付き合ってるんでしょ?」
 といつも言われるようなものだった。
 といってもお互いの都合が合えば、ときどき一緒に登下校する程度だったけど、それでも誕生日やクリスマスのプレゼント交換も復活した。
 テスト前には互いの部屋で一緒に勉強する。
 そんな程度。
恵子の見た目は相変わらず野暮ったかったけど、それとなく指摘すると、徐々に変化していった。
 それも眉毛を整えたり、白の無地の靴下から紺のハイソックスに変えたりとかその程度だけど。
それでもやはり素材は決して悪くはなかったんだろう。
 2年になるころには結構男子とかに話しかけられるようになって、さらにはバイト先では他校の男子に生まれて初めて告白されたと俺に相談してきた。
 一人で街にいるとナンパもされるようになったと、いちいち俺に報告してきた。
 そういうのを聞くたびに、俺は興味無い感じで
 「ふーん。良かったじゃん」
 と流していたが、本当は内心危機感でいっぱいだった。
 その頃には、俺は恵子が好きになりかけていた。
 それは昔の行いによる罪悪感も手伝ったのかもしれない。
 それでも俺は、いつの間にかその地味で野暮ったい女の子が、本当に少しづつだったけど、女性になる様子を一番間近で見ていき、そして幼馴染を異性として意識していった。
 出来れば恵子のことをそう思いたくなかった。
 妹同然の存在だったから。
 クラスメートの男子から
 「恵子ちゃんって彼氏いんの?」
 と聞かれる度に焦燥感が湧き上がり、やがて俺は恵子が好きなんだと自覚した。
でも俺はそれを恵子に伝えることが出来ずにいた。
 今更…という気持ちと、今の関係を壊したくないと打算があったから。
 でも自惚れとかではなくて、恵子も俺の事をそういう風に見てくれてたと思う。
 告白なんかは全部断っていたし、恵子の友人なんかからも、
 「早く付き合ってあげなよ」
 みたいな事をよく言われた。
 
 一度恵子からも
 「こーちゃんは好きな人とかいないの?」
 と聞かれた。
 恵子の部屋で、恵子が作ってくれたお菓子を食べてたと思う。
 恵子は見てて気の毒なくらい顔が真っ赤だった。
 俺はどうにも照れてしまい
 「そんなん興味ないから」
 と硬派ぶってしまった。
 恵子はどちらかというとほっと安心したように
 「そっか」
 と笑っていた。
 しつこいくらい
 「こーちゃんはモテるからいつでも彼女できるよ」
 とも言ってきた。
 実際これっぽっちもモテてなどなかったが。
 一応補足しておくと、会話は照れてぶっきらぼうだったけど、恵子のことをちゃんと大切にしていた。
 初めてのバイトの給料は、恵子に高いオルゴールをプレゼントした。
 渡した時ずっとぽろぽろ泣いてたのを今でもはっきり憶えてる。
なまじっかそんな感じだったもんだから、俺は特に焦らずその内自然に付き合えるようになるだろうと、タカを括っていた。
大学も一緒のとこに進学した。
 どちらからともなく進路を相談しあい、ごくごく自然に一緒のところに行こう、と約束して実際そうなった。
大学でも一緒のサークルに入った。
 同級生は勿論、先輩達にも
 「付き合ってるんじゃないの?」
 と冷やかされた。
 俺が「旦那」で、恵子が「嫁」とあだ名をつけられた。
 あくまで付き合ってはいなかったけど。
入学して半年ほど経ったころだろうか、サークルで飲み会があった。
 俺と恵子がいたサークルは珍しく(?)他人に酒を無理強いする雰囲気が一切ない飲み会をするサークルだった。
 俺と恵子はそれまで酒なんて飲んだ事が無かったので助かっていた。
 流石に二十歳まで飲むのは控えよう、なんて考えていたわけじゃない。
 ただ二人とも好奇心が旺盛があまりない、保守的な性格だったってだけ。
 ただその日は、少しくらい飲んでみようか、と二人で話していた。
 別に理由は無い。なんとなく。
 誤算だった。
 初めてだったって事もあったと思う。
 俺と恵子は、ものすごく酒に弱かった。
 いや一口飲めば卒倒するくらいの弱さなら、逆に良かったんだろう。
 怖がりながらチビチビ飲んで、少し気が大きくなってっていうのを繰り返し、限界がわからずチビチビチビチビ飲み続けていた。
俺は気がついたら先輩の家で寝ていた。
 見事に潰れていたらしい。
 恵子はどうなったかを聞くと、別の先輩が介抱してたとのこと。
 携帯を見ると、恵子の家から何度も留守電が入っており、家に帰ってこないと心配する声だった。
 俺はその旨を伝えようと電話すると、すでに帰ってきたとの事。
 後日、恵子はすごい怒られたと言っていた。
 女の先輩の家に泊められたと言っていた。
 俺はその言葉を何も疑わず日常に戻っていた。
ある日、その女の先輩にふとお礼を言った。
 「そういえばあの時恵子を泊めてくれてありがとうございます」
 って。
 でも先輩は不思議そうに
 「え?あたし知らないよ?」
 と言った。
その時一緒にいた別の先輩が、その先輩を肘でつつき気まずそうに視線を送っていた。
 先輩は慌てて
 「あ、ああそうね。うんそんなのあったね。全然大丈夫だよ」
 と言った。
 その雰囲気の意味は、その少し後にわかった。
それから数日後、サークルの先輩(イケメン)に話があると言われ呼び出された。
 会うなり
 「お前って恵子ちゃんと付き合ってるわけじゃないんだよな?」
 と尋ねられ、それは何度もしつこく繰り返し念を押された。
 俺はその問いを肯定すると、先輩ははぁ??っと息を吐くと
 「あ??本当にそうだったんだ。いや良かったよ。実は前に恵子ちゃん酔いつぶれただろ?俺も酔ってたからさ。部屋に連れ込んでやっちゃったんだよな。いやでもそれなら良かったよ。なんかあの子初めてだったしさ。結構可愛いのにビックリしたよ。」
ひゅっ、と心臓が縮まるのを感じた。
 俺はその言葉を現実として捉えられなかった。
 逃げ出したいのに、先輩から目が離せなかった。
 俺は無意識に
 「あ、そうなんですか?」
 とだけ呟いた。
 勝手に言葉が口から出た。
 それ以外は何も出来なかったけど。
 先輩は俺と恵子が付き合ってるわけではないと知って、だいぶリラックスした様子で話をつづけた。
 「お?おお。でも本当意外だったなぁ。彼氏とか居なかったのかよ?まぁ俺が最初っていうか、濡らしてバイブ突っ込んだら血が出たからびびったんだけどな(笑)」
 とだけ言った。それだけ覚えてる。
 気付いたらトイレに篭っていた。
 絶え間ない吐き気に襲われたけど、吐けなかった。
 ずっと学校のトイレに立てこもってむせび泣いてた。
それからも恵子はいつもと同じように振舞っていた。
 学校でも俺を見かけると、とてとてと走りよってきて、
 「こーちゃん」
 と呼びながらにこにこしてた。
 でもその笑顔は、やはりどことなく陰があるというか、明らかに無理をしている笑顔だった。
俺はこの件をむし返すのはやめた。
 恵子のこの態度も、全て無かったことにしたいという事なんだろうと解釈した。
 正直もう話は聞きたくなかったけど、イケメンの先輩にも本当に無理矢理では無かったかだけを確認した。
先輩の話では、なんとか自分一人で歩ける程度には意識はあったけど、呂律が回らない等の酔いは残っていて、服を脱がしたり愛撫されてるときも、
 「駄目ですよ??」
 とは言うものの、身体に力は入っておらず、どこか半分夢見心地な感じだったらしい。
 出血はしてたものの、やってる時もそれほど痛がっていた様子は無く、キスをすると最初は嫌がって首を振っていたけど、そのうち自分から首に手を回してきて、舌も受け入れたとのこと。
 当然キスも初めてだったはず。
やがて酒が抜けるとオロオロとしだし、それでも照れ笑いを浮かべて恵子の方から
 「無かったことにしましょう?」
 と提案してきたそうだ。
 先輩はその態度からもう一度いけると判断したらしく、押し倒そうとしたら、頑なに拒否されたので止めた。
 そして家まで車で送っていったら、その車中でぼろぼろと泣き出してしまい、ずっと俺に謝っていたらしい。
 「ごめんねこーちゃん」
 ってずっと繰り返してたらしい。
 それで先輩が恵子に俺の事が好きかと尋ねると、しゃくり上げながら何度も頷いてたので、普段の様子もあって、それで俺達が付き合ってると思い、俺に謝罪をしてきたとの事。
 その日から、謝罪した日までは一ヶ月くらい間があったけど、ずっと悩んでいたと言っていた。
後から知ったことなんだが、恵子はイケメン先輩との一件以来、サークルの部長に相談をしていたらしい。
 部長は堀江貴文にそっくりだが、内面は穏やかで気さくな、リーダーシップもある頼れる部長キャラだったから、あまり男慣れしていない恵子も、入学当時からわりと親しくしていた。
恵子はずっと俺が好きで、でも他の男とそうなってしまったことで、一人で抱えきれない罪悪感を背負ってしまったとのこと。
 酒が入っていたとはいえ、きちんと拒みきれなかった自分にも責任があると、深く自己嫌悪してしまったらしい。
 しかし当然俺に対して相談など出来ず、その捌け口は部長にだけ向けていた。
 「こーちゃんが好きだけど、あたしに付き合う資格があるのか」
 といったことを毎日のように涙ながらに相談されていたらしい。
 でも俺と会うときは、そんな顔など一切しないように努めて。
部長はある日俺を飲みに誘い(当然俺はもう飲まなかった)そう相談されていると教えてくれた。
 俺が神妙にそれを聞いている間、部長の酒は進んでいた。
 やがて顔を真っ赤にした部長は、突然俺に頭を下げて
 「俺のことを殴ってくれ」
 と言った。
 部長の告白は続いた。
 入学当時から恵子のことをずっと好きだったこと。
 恵子のそんな心の隙間をついて、何度か和姦気味に押し倒した。
 そして身体を重ねながら、何度も愛を伝えた。
 俺が恵子に告白してから2週間後くらいのことだった。
最初は結構強引だったと言っていた。
 恵子は
 「それだと同じことの繰り返しになる」
 と必死に拒んでいたらしい。
 でも必死に自分の気持ちを伝えながら、何度も迫ったらやがて受け入れてくれるようになったと。
 恵子が感じてるであろう自分への恩情を利用するような事もした、
 と部長は自分で言っていた。
 ただし最初の頃は、受け入れながらも、時折涙を流していたとのこと。
 「これで最後にしてくださいね」
 と恵子はいつも言っていたとのこと。
 でもどうしても恵子が好きで、諦めずに何度も誘っては押し倒し、多少強引にでも肌を重ねて、気持ちを伝え続けていたと。
勿論今でも本気だから、と謝罪と同時に宣戦布告された。
 俺はそれを聞いて、怒りよりもまず自分に失望した。
 ああ、これは俺がしなきゃいけなかった事なんだな、と。
 何をかっこつけていたのだろうと。
 部長を責める気は一切無かった。
 別に卑劣とも何とも思わなかった。
 どれほど強引だったかはわからないが、少なくとも力づくで、ということではないということだったから。
 ちなみにイケメン先輩は自分からサークルを辞めた
俺は恵子にもう一度気持ちを伝えた。
 恵子は前回と同様の返答をした。
 俺は全て知っていると伝えた。
 イケメン先輩の事も、部長の事も。
 それを聞いた恵子はショックを受けた様子だったけど、俺は
 「それでも関係ない。お前が好きなんだ」
 と何度も繰り返した。
 恵子は黙ったままだった。
 俺はもうなりふりかまってなどいられず、恵子を抱きしめた。
 大きくなってから初めて抱きしめた恵子は、暖かくて、柔らかくて、そして何より頭がクラクラするような甘い匂いがした。
俺の腕の中で、恵子は少し身を捻る素振りをみせたが、俺は構わず抱きしめ続けた。
 恵子は
 「…こーちゃん…お願い…離して」
 と呟いた。
 女が男を拒絶する「駄目!」とか「いや!」といった感じではなく、それは静かな、まるで母親が子供をを諭すような口調だった。
 俺は心が痛くてたまらず離してしまった。
 しばらくずっと無言だった。
 やがて恵子から口を開いた。
 「これでさ、こーちゃんの事まで受け入れちゃったらさ、あたしさ、どうしようもない馬鹿な女の子になっちゃうよね……」
 「ごめんねこーちゃん」
 「部長さんとちゃんと付き合うね」
それからも、俺は諦めず恵子に気持ちを伝え続けた。
 最初は俺の前だと、部長と話もしなかった恵子は、そんな俺に業を煮やして、俺の前で部長と楽しげに喋ったり、見せ付けるように手を繋いで歩いたりした。
 それらの行動は恵子から提案されて、あえてやっていると部長本人から聞かされた。
 俺に諦めてほしいからだと。
 恵子はそんな事をする度に、後ですごく落ち込んでいたらしい。
 それを見かねた部長から、
 「もうこれ以上苦しませないでやってくれ」
 と頼まれた。
 俺はようやくそこで、完全に失恋したんだとわかった。
それでも俺はサークルを辞めることは無かった。
 そうすると余計恵子を傷つけると思ったから。
 だから普通の幼馴染として、接していけるように努力した。
 恵子と部長が付き合い始めて半年ほどが経つと、部長はサークルを引退した。
 俺はそれに正直安堵した。
 サークルは定期的に昼休みに部会のようなものがあったのだが、付き合って半年も経つと、二人同時にそれに不参加したりしてそれを周りが
 「あいつら今頃やってんじゃねえの?今日まだ学校来てないよな?」
 などと冷やかすと、それを
 「でも実際昨日恵子ちゃん泊ったんでしょ?」
 と返す声があったりした。
 それで午後から二人で手を繋いで来たりとかがあったから。
 そんな二人の姿を見るたびに、俺は二人から目を逸らしていた。
一年経つと、恵子は俺のことを浩二君、と名前で呼ぶようになった。
 「なんか子供みたいで恥ずかしいから」
 との事だった。
 それと同時期、合宿があったのだが、そこには元部長も来ていた。
 夜は当然盛大な飲み会になったのだが、途中で元部長が恵子を連れて宴会場から出て行くのが見えた。
 誰からが「ゴム持ってんのか?」と野次を飛ばした。
 元部長はそれに対して親指をぐっと上げて答えていた。
 恵子は顔を真っ赤にして、元部長の肩を叩いていた。
その頃には俺も流石に失恋を引きずっていたわけではないがどうにもいたたまれなくなって旅館から出て外を散歩していた。
 帰ってくると、玄関先から、裏の方になにか人が集まっているのが見えた。
 サークルの男子達だった。
 先輩の一人が、無言で俺に手招きして呼び寄せた。
 俺がその集団のもとへ行くと、俺に手招きした先輩がニヤニヤしながらカーテンが閉まっている一つの窓を親指で指した。
 俺は言われるがままに近づくと、窓がほんの少し数cmだけ開いていた。
 振り向くと、「俺がやったんだぜ」とでも言わんばかりに一人の先輩が自分を親指で指していた。
中からうっすらと喘ぎ声が聞こえてきた。
 それだけじゃない。
 「こーちゃん……こーちゃん……」
 と切なそうに懐かしいあだ名を呼んでいた。
 元部長の名前は孝一だった。
 これも後から聞いた話だけど、俺がいないところでは、恵子は彼氏をそう呼んでいたらしい。
 俺には先輩とか部長と言っていた。
 そもそもは、彼氏がそう呼ぶようお願いして、でも恵子はそれを頑なに拒否していたらしいのだが、いつのまにか、俺の前ではそう呼ばない、という約束でそう呼ぶようになっていたらしい。
中からは断続的に「あ…あ…あん…」と甘い喘ぎ声が聞こえてきて、
 その合間にも「こーちゃん……好き……」と、愛の言葉が聞こえてきた。
 やがてその覗きは、他の女子に見つかり解散させられたが、その後は誰かの部屋に集まり、それぞれがどんな事を聞いたかを酒の肴にゲラゲラと笑っていた。
 元部長の声は「フェラして」「乗って」とあとはふんふんと鼻息の音しか聞こえなかったとのころ。
 恵子は「ゴムは……?」としきりに繰り返して口にしていて、その後元部長の鼻息が止まると「もう……」と怒るような声が聞こえたとの事だった。
 俺が聞いたのは、2回戦だったらしい。
その1時間くらい後、廊下で浴衣姿の恵子とすれ違った。
 「浩二君もこれからお風呂?」とにこにこしていた。
 特に変わった様子が無いのが逆にショックだった。
それからは大学を卒業するまでは、もう幼馴染というよりかは、普通の友達といった感じになっていった。
 俺達が卒業するころには、もう恵子は彼氏のことを、俺の前でも「こーちゃん」と呼ぶようになっていた。
 俺に彼女が出来たというのもあるんだろう。
 元部長とイケメン先輩のイザコザとかあったけど、最早俺は完全に蚊帳の外だったので割愛。
とにかく、卒業後は俺が遠方に就職したってこともあって、疎遠になったのだが、ついこの間、同窓会があって、そこで久しぶりに見た恵子は、相変わらずどことなく地味だったがもう立派に洗練された一人の女性だった。
 綺麗だ、と思った。
 大学卒業まで一緒にいた俺でさえ、少し溜息をついてしまうのに、高校時代しかしらない同級生たちは元々の印象からの衝撃ゆえか、次々と恵子の元へ寄っていってた。
恵子は俺をひと目確認すると、とてとて走りよってきて、
 「こーちゃん久しぶり」
 とにこーっと笑った。
 それから卒業後の話を少しすると、まだ元部長と続いているらしく、俺は
 「こーちゃんって言うと嫉妬するんじゃない?」
 と冗談めかして言うと
 「んー?大丈夫じゃない?今は『パパ』って呼んでるしね」
 と言うと、左手で自分のお腹を撫でながら、
 「えへへ」
 といった感じで笑い、
 「3ヶ月」
 とだけ言うと右手でピースした。
 「もちろん式は出てくれるよね?」
 と昔を思い出させる笑顔で尋ねてきた。
 手作りのプレゼントを渡してきた時の笑顔だった。
 俺にも結婚の話がある彼女がいるが、それでも何故か、少しだけ胸が痛んだ。


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